弁護士 堀居 真大
1994年 三井海上火災保険株式会社入社(現 三井住友海上火災保険株式会社)
2011年 弁護士登録(愛知県弁護士会)/名古屋第一法律事務所所属
交通事故を中心とした一般民事を広く取り扱う。弁護士になる前は損害保険会社で勤務しており、中小企業や事業者の目線を大切にしたいという気持ちから、商取引全般、特に中小企業や個人事業者に関する法的トラブルに積極的に取り組んでいる。
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原材料費が高騰する昨今、これをなんとか価格に反映したいと考える下請業者も少なくありません。
もっとも、当然のことながら、元請業者との値上げ交渉は簡単にはいきません。やむなく値上げを諦める場合も多いでしょう。
しかし、値上げの拒否は、下請法が禁じている買い叩きとして違法行為となる場合があります。ここでは、このような値上げの拒否と買い叩きとの関係について見ていきます。
下請法と買い叩き
下請法は、元請事業者による理不尽な要求、不当な不利益から下請事業者を守るための法律です。
①取引内容と②資本金の区分という二つの観点から決められた一定の下請取引について、元請業者が守るべき義務や行ってはならない行為について定めています。(下請法の適用対象については詳しくは下記記事を参照してください)
この下請法の第4条1項5号では,禁止される行為として
下請事業者の給付の内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めること
つまり「買いたたき」の禁止が定められています。元請会社が下請け会社に対して、通常支払われる対価に比べ著しく低い下請代金の額を不当に定めると、下請法違反となるのです。
どのような場合に買い叩きに該当するのか
もっとも、どのような場合に「通常支払われる対価に比し著しく低い」と判断されるのか、その判断基準は下請法には記載されていません。他会社との競争に勝つために値引きすることや、元請会社から値引きの要請をされることは珍しいことではありません。
したがって、どのような場合に「通常支払われる対価に比べ著しく低い」場合とはどのような場合か、についての判断は容易ではありません。
この点について、公正取引委員会は「下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準」を定め、下請法違反となるのはどのような場合かについてホームページで公表しています。
「通常支払われる対価」とは
「通常支払われる対価」とは何かについて、同運用基準は
当該給付と同種又は類似の給付について当該下請事業者の属する取引地域において一般に支払われる対価
と定義しています。
つまり、取引をしている地域内で同業者(あるいは類似事業者)に支払われている金額を参考にすればよいということになります。
しかしながら、同地域内において同種または類似の取引をしている同業者がいない場合もあるでしょう。そうした場合には、同運用基準は、その取引が従前と同一あるいは類似している場合には「従前の給付に係る単価で計算された対価」、つまりこれまでの取引金額を「通常の対価」と考えてよい、としています。
「買い叩き」とは
では、買い叩きとはどのようなことを指すのでしょうか。少しの値引き要請や値上げ拒否でもすべて「買い叩き」となるわけではありません。
同運用基準は、買い叩きかどうかの基準は画一的ではなく、下請代金の額の決定に当たり「下請事業者と十分な協議が行われたか」「差別的ではないか」「通常の対価との乖離の程度」「原材料等の価格動向」等を勘案して「総合的に」判断する、としています。
つまり、元請けによる値引きの要請も、下請事業者と十分に協議がなされ、差別的とまではいえず、通常の対価とそれほど乖離しておらず、原材料の値上げ状況を照らし合わせても不当とは言えない場合には、買いたたきにはあたらないことになります。
ここで「原材料の値上げ状況」が項目として挙げられていることは注目です。近年、サプライチェーンの混乱などにより世界的な原材料の値上げ状況が進んでいますが、こうした原材料の値上げ状況をふまえれば、値引きの要請は下請け事業者に酷であり買い叩きにあたる、と認定されやすいでしょう。むしろ、原材料が著しく高騰しているにもかかわらず、元請事業者が下請代金の値上げに応じない場合にも、ケースによっては「買い叩き」になることもあります(後で説明します)。
このように、買い叩きにあたるかどうかは諸事情を「総合的に」考慮して判断されることに注意が必要です。
買い叩きの典型例
同運用基準は、買い叩きの典型として、以下のような例を挙げています。
- 多量の発注をすることを前提として見積りをさせておきながら,その見積価格の単価を少量の発注の場合の単価とすること。
- 量産期間が終了し,発注数量が大幅に減少しているにもかかわらず,単価を見直さないまま,一方的に量産時の大量発注を前提とした単価とすること。
- コストの上昇分の取引価格への反映の必要性について,価格の交渉の場において明示的に協議することなく,従来どおりに取引価格を据え置くこと。
- 労務費,原材料価格,エネルギーコスト等のコストが上昇したため,下請事業者が取引価格の引上げを求めたにもかかわらず,価格転嫁をしない理由を書面,電子メール等で下請事業者に回答することなく,従来どおりに取引価格を据え置くこと。
- 一律に一定比率で単価を引き下げて下請代金の額を定めること。
- 親事業者の予算単価のみを基準として,一方的に通常の対価より低い単価で下請代金の額を定めること。
- 納期が短い発注を行う場合に,下請事業者に発生する費用増を考慮せずに通常の対価より低い下請代金の額を定めること。
- 給付の内容に知的財産権が含まれているにもかかわらず,当該知的財産権の対価を考慮せず,一方的に通常の対価より低い下請代金の額を定めること。
- 合理的な理由がないにもかかわらず特定の下請事業者を差別して取り扱い,他の下請事業者より低い下請代金の額を定めること。
- 同種の給付について,特定の地域又は顧客向けであることを理由に,通常の対価より低い単価で下請代金の額を定めること。
このうち④にご注目ください。④は、値下げをしていないケースですが、コスト上昇による取引価格の値上げを下請事業者が求めた場合には、元請事業者は「書面あるいは電子メール等で」回答をせずに取引価格を据え置いた場合には、「買い叩き」にあたるとしています。口頭での説明ではダメだということです。
近時、原材料費やエネルギー費用が高騰していることを踏まえたものと思われます。同様に③も、コストが上昇している場合に、取引価格への反映について十分協議しないままに取引価格を据え置いた場合には、買い叩きにあたるとしています。
その他の項目をみてもわかるとおり、下請法が禁ずる買い叩きとは、単に値下げを強要する場面に限られず、価格を据え置くことが諸事情を考慮して適切でない場合にもこれに該当しうるのです。
また、下請法による規制とは別に下請中小企業振興法の「振興基準」でも対価の決定方法に関する規制が図られています。詳しくは、次の記事も参考にしてください。
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