一方的な値上げが違法となるとき

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弁護士 堀居 真大

1994年 三井海上火災保険株式会社入社(現 三井住友海上火災保険株式会社)
2011年 弁護士登録(愛知県弁護士会)/名古屋第一法律事務所所属

 

交通事故を中心とした一般民事を広く取り扱う。弁護士になる前は損害保険会社で勤務しており、中小企業や事業者の目線を大切にしたいという気持ちから、商取引全般、特に中小企業や個人事業者に関する法的トラブルに積極的に取り組んでいる。

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円安や流通不安などから原材料高騰が続いています。会社間の商取引においても、従来の金額では採算が合わなくなるため、商品を納める販売側の会社としては、値上げを要請せざるを得ないこともあるでしょう。

一方、購入する側の会社としては、突然仕入れ代金が値上げされると、利益が見込めなくなるばかりでなく、値上げの程度や会社の規模等によっては死活問題となり業務が立ち行かなくなることもあるかもしれません。

このように価格交渉は非常にシビアな問題ですが、その内容によっては、単なるビジネスの問題にとどまらず、法的な問題が生じる場合があります。ここでは、値上げが一方的に行われるような場合の法的問題についてとりあげます。

目次

値上げと独占禁止法

商品の売買価格は、自由市場経済においては、当事者間の合意によって決められるものなので、値上げ交渉も原則として自由に行われるべきものです。

しかし、販売する会社と仕入れる会社の力関係が大きく異なる場合は、その限りではありません。

例えば、甲社は車いすを製造する社員数50人程度の中小企業であるところ、車いすを製造するためには特殊な性質のタイヤ用ゴムを仕入れる必要があるとします。

そして、その特殊なゴムを納入する乙社は国内の上場企業だとします。

ゴムの原材料が高騰したため、乙社がその価格上昇分を上乗せして甲社に値上げを通告した場合はどうでしょうか。

「原材料が高騰したのでその加工品であるゴムの価格を値上げする」ということ自体は不自然なことではないように思えます。しかし、上記の場合は、場合によっては、乙の甲に対する値上げが「優越的地位の濫用」として独占禁止法2条9項5号に抵触する可能性があるのです。

独占禁止法と優越的地位の濫用

独占禁止法は、消費者の利益を図ることを目的として、事業者間の公正・自由な競争を阻害する行為や状態を禁止する法律です。

特に独占禁止法2条9項5号は、「自己の取引上の地位が相手方に優越している一方の当事者が,取引の相手方に対し,その地位を利用して,正常な商慣習に照らし不当に不利益を与える行為」を「優越的地位の濫用である」として、事業者間の公正・自由な競争を訴外するので違法であるとしています。

優越的地位の濫用にあたる場合とは

優越的な地位の濫用とは、具体的にどんな場合をいうのでしょうか。

例えば上記事例においては、甲社は車いすだけを製造する会社であることから、乙社の販売する特殊なゴムがないと車いすが作れず、会社の業務ができなくなってしまいます。そして、必要とされる特殊なゴムは、乙社を含めた数社しか取り扱っておらず、すぐに他の会社から大量に仕入れることが困難なので、甲社としては乙社から購入するよりほかありません。

このような「自分のところから仕入れるしかない」ことを知りながら、乙社が甲社に対して、必要以上の金額の値上げをしたとしたらどうでしょうか。甲社としては、突然ゴムの仕入れができなくなれば会社の死活問題であり、すぐに他の仕入れ先を見つけることもできないので、どれだけ値上げされても泣く泣く乙社から買うよりほかありません。乙社としては、甲社の弱みに付け込むような形で、好きなだけ値上げをすることができることになります。

このように、相手方にとって取引の継続が事業継続に不可欠であることから、著しく不利益な要請を行っても相手方がこれを受け入れざるを得ないような関係を、独占禁止法では「優越的地位」とみなします。乙は、甲に対しては「優越的地位」にあるとみなされる可能性が高いでしょう。

優越ガイドライン

もっとも、どのような関係が「優越的地位」に該当するかは難しい問題で、一律には決まりません。これらは、取引の相手方との関係や、値上げの態様などによって相対的に、個別具体的に判断されます。

そのため、公正取引委員会は、優越的地位の濫用の判断基準として「優越的地位の濫用に関する独占禁止法の考え方」(通称「優越ガイドライン」)を公表しています(リンク)。

 典型的な例としては、コンビニエンスストアのフランチャイズで、加盟店が本部からしか物品を仕入れることができない契約となっている場合です。本部が物品の値上げをした場合に、それが加盟店の経営を著しく圧迫する不利益な内容であったとしても、加盟店は本部から購入するよりほかありません。こうした場合には、本部によるむやみな値上げは「優越的地位の濫用」に該当することがあり得るのです。

値上げと優越的地位の濫用

では、上記の甲社、乙社の場合、乙社の値上げは「優越的地位の濫用」に該当するでしょうか。

甲は、乙社からしか購入できない契約をしているわけではないので、乙社以外から購入すればよいのであり、よって乙社がどのような値上げをしても「優越的地位の濫用」には当たらないようにも思われます。

しかし、甲社が乙社から購入している特殊なゴムが甲社の車いす作成に必要不可欠なこと、特殊なゴムを取り扱っている会社が多くないこと、特殊なゴムを大量に仕入れる先をすぐに見つけることは困難なこと、などの事情においては、甲社は事実上、乙社からどのような不利益な値上げを通告されても、応じざるを得ません。こうした関係は、たとえフランチャイズのように購入先を契約上拘束されていなくても、「優越的地位の濫用」には該当することがあります。

独占禁止法違反と罰則

優越的地位の濫用に該当する値上げ行為は、独占禁止法19条違反であり、その行為の態様に応じて、制裁として公正取引委員会による「排除措置命令」(20条1項)や「課徴金納付命令」が発せられる可能性があります。

排除措置命令では、公正取引委員会は当該取引行為を差し止めたり、不公正な取引方法を定めた契約条項の削除を命じたりします。課徴金納付命令とは、一定の制裁金の納付を命ずる行政処分です。これらは行政処分なので、処分の取り消しを求めるためには取消訴訟を提起しなければなりません。

さらに、排除措置命令に従わない場合には「2年以下の懲役又は300万円以下の罰金」の刑事罰が科されることもあります(90条3号)。

優越的地位の濫用にはこのような厳しいペナルティがあるので、特に会社の信用を重視する大企業などにおいては、一定の効果があるのです。

もっとも、優越的地位の濫用の判断基準は相対的、個別具体的に判断されることから、値上げ行為がすべて優越的地位の濫用に該当するわけではありません。

むしろ、納品する会社の側としても、値上げをしなければ自分の会社に大きな損害が生じたりする場合もあるでしょう。そのような場合には、いかに「優越的地位の濫用」に該当しないように値上げをするか、を考えなければなりません。

これらの判断基準については優越ガイドラインがあり、多くの判例もありますが、それでも判断は容易ではありません。優越的地位の濫用に該当するかを確かめたい場合には、弁護士に相談されることをお勧めします。

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