弁護士 堀居 真大
1994年 三井海上火災保険株式会社入社(現 三井住友海上火災保険株式会社)
2011年 弁護士登録(愛知県弁護士会)/名古屋第一法律事務所所属
交通事故を中心とした一般民事を広く取り扱う。弁護士になる前は損害保険会社で勤務しており、中小企業や事業者の目線を大切にしたいという気持ちから、商取引全般、特に中小企業や個人事業者に関する法的トラブルに積極的に取り組んでいる。
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取引先から提示された契約書の、特に損害賠償に関する項目で、損害賠償額に上限を定めたり、損害の範囲を限定したりする条項が定められている場合があります。このようなときには、注意が必要です。相手が原因でトラブル生じて貴社に損害が生じた場合に、受けられたはずの損害賠償を受けられなくなる可能性があるからです。
このような損害賠償額の上限や範囲を定める契約条項の意味と効力について見ていきたいと思います。
損害賠償の上限を定める契約条項
損害賠償額の上限を定める条項とは、例えば以下のようなものです。以下、清掃会社がシステム会社に提示した清掃業務委託契約書中を例として挙げます。
第〇条(損害賠償)
●項 乙が甲に対して損害賠償責任を負う場合には、その損害賠償額は、当該契約にかかる年間委託料の範囲内とする。
上記条項は、具体的に説明しますと
「清掃会社(乙)がシステム会社(甲)の清掃業務を行う際に、清掃会社が什器や器物を損壊してしまったりして、システム会社に損害賠償責任を負うことになった場合でも、清掃会社が賠償する損害の金額は、年間清掃委託料を上限とすればよく、それ以上の損害賠償はしなくてもよい」
ということです。
例えば、清掃会社がシステム会社を清掃中に、うっかり高価なコンピューターを壊してしまい、システム会社は業務ができなくなって数百万円の損害を被ったとします。しかし、その場合でも、清掃会社が依頼者に支払う損害賠償金は、年間清掃委託料(この場合は数万円でしょう)で済んでしまうということです。
損害賠償の範囲を限定する契約条項
次に、損害賠償額の範囲を限定する条項とは、例えば以下のようなものです。
第〇条(損害賠償)
●項 乙が甲に対して損害賠償を負う場合には、当該損害は現実に発生した直接かつ通常の損害に限られるものとする
上記条項の内容を具体的に説明しますと、
清掃会社(乙)が依頼者(甲)に対して、清掃業務を行う上で什器や器物を損壊するなどして依頼者に損害賠償責任を負う場合でも、その損害は「実際に生じた」「清掃会社の原因と直接関係がある」「通常の損害」に限定される
ということです。
上記の条項のポイントは、「将来発生するであろう損害」「間接的な損害」「特別な損害」について、乙は賠償しなくてもよい、ということです。
例えば、清掃会社のミス(例えばサーバーのPCを破損してしまった場合)によって、システム会社に生じた「将来発生することが確実な損害」や「会社としての信用を失うなどの間接的な損害」や「システム会社ならではの特別な事情によって生じた損害」についても、清掃会社は支払わなくても良いことになります。
損害賠償額の上限や範囲を定める条項の有効性
本来、乙が甲に損害を与えた以上、乙はその損害を全て賠償するべきです。なのに、なぜ上記のような、乙にだけ有利な条項が有効なのか、と疑問に思われるでしょう。
しかし、結論としては、このような条項も有効です。契約内容は、契約当事者が合意してさえいれば、基本的にはどのような内容も原則として有効です(契約自由の原則と呼ばれます)。
そして、特に損害賠償の金額をあらかじめ決めておくことについては、民法が「当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。この場合において、裁判所は、その額を増減するこができない。」(420条1項)として、予め損害賠償額を当事者間で決めることができると定めているのです。
上限や範囲を定める条項が契約書に記載される理由
乙が甲に損害を与えた場合には、乙は甲に「通常生ずべき損害」を賠償するのが原則です(民法416条1項)。特別な損害であっても、乙が予見できた損害であれば賠償義務は生じます(416条2項)。にもかかわらず、なぜ清掃業者である乙は、このような条項を契約書に入れるのでしょうか。
その理由の一つとして、少額な清掃委託料を得るために巨額の賠償リスクを負うことを避けたい、と清掃業者が考えることが挙げられます。こうしたリスクを補償する損害保険もありますが、保険料は決して安くはありません。なので、特に規模の小さい企業では、自社の経営の安全性を確保するため、こうした条項を契約書に入れることがあるのです。この内容に応じない会社の清掃業務は、リスクが高いので引き受けられない、と考えるのです。
どのように対策すれば良いか
しかし、いくら清掃業者にもそうする理由があるとはいえ、こちらには関係のないことです。損害を受けたのに賠償されないなどということは決して生じないようにしなければなりません。
そのためには、業者などから契約書を提示された場合には、しっかりと契約書の内容を読む必要があります。特に損害賠償に関する条項は重要です。
そして、上記のような、こちらに不利な一方的な内容の条項があった場合には、その条項を削除するよう、相手方としっかり交渉するべきです。もし相手が削除に応じない場合には、他の取引先との契約締結も考慮すべきでしょう。
トラブルはいつ、どのように生じるかわかりません。そのような際に、うっかり不利な内容の契約をしていたがために、本来受けられたはずの損害賠償を受けられない、などという事態は避けなければなりません。