弁護士 堀居 真大
1994年 三井海上火災保険株式会社入社(現 三井住友海上火災保険株式会社)
2011年 弁護士登録(愛知県弁護士会)/名古屋第一法律事務所所属
交通事故を中心とした一般民事を広く取り扱う。弁護士になる前は損害保険会社で勤務しており、中小企業や事業者の目線を大切にしたいという気持ちから、商取引全般、特に中小企業や個人事業者に関する法的トラブルに積極的に取り組んでいる。
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例えば売買や賃貸借などにおいて当事者同士口頭で合意をした場合には、たとえ契約書を作成していなくても契約は成立します(こちらで詳しく説明しています→契約書のない契約の効力)。つまり、たとえ契約書を作成していなくても、口頭も合意があれば契約は成立するのです。
では「契約をする前」についてはどうでしょうか。
契約前に準備行為をするのはよくあること
例えば、A社がB社に「将来、製品を大量に発注するからよろしく」と言ったとします。これを聞いたB社は喜んで、A社からの注文を受けられるようにするため、製品を製造するための高価な機械を購入し、人を雇いました。ところが、A社が「やっぱり契約するのはやめた」と言った場合です。
A社は「まだ契約していないのだから何も問題はない」と言うかもしれません。しかし、B社としては、A社から発注されること、つまり「将来A社と契約すること」を期待して、高価な機械を購入するなどの出費をしたのですから、とても納得できません。
こうしたトラブルは、企業間取引で珍しくありません。このままでは、B社は機械購入費用や人件費で大損です。
できれば事前に大筋合意をしておくべき
では、B社はどうすればよかったでしょうか。
理想論としては、B社の機械購入などの準備は、A社からの発注を受けてからにするべきでした。重要なことはまず合意しておくということです。
それが難しい(機械設備のないB社と契約することをA社が躊躇うなど)としても、せめてB社は、機械購入などの特別な出費をする前に、A社と大筋の契約をしておくべきでしょう。つまり、A社の発注時期や発注個数の詳細が未定だとしても、抽象的な範囲で「いつまでにどのような商品を〇円以上、A社がB社に発注する」ことについて、おおまかな基本合意をしておくのです。基本合意内容を書面にすることができればなお望ましいです。
契約前でも損害賠償を請求できるケース
しかし、基本的に、受注者は発注者に対して立場が弱いものです。受注者は、前項のような契約の締結を求めたら面倒に思われて発注されなくなってしまうと考え、発注者の機嫌を損ねないよう、発注者を信じて契約前に準備行為を行うこともあるでしょう。
このように事前に何の合意もしていない場合に、合意に至らなかったことについての損害賠償は全くできないかというと、必ずしもそうではありません。
判例は、当事者間が「取引を開始し契約準備段階に入った」場合には「一般市民間における関係とは異なり、信義則の支配する緊密な関係に立つ」ので「のちに契約が締結されたか否かを問わず、相互に相手方の人格、財産を害しない信義則上の義務を負う」としています。
つまり、取引を開始して準備段階に入った場合には、たとえ契約が締結されていないとしても、発注者と受注者は「信義則の支配する緊密な関係」となるので、たとえ契約がなくても、お互いに相手に損害を与えないようにする「信義則上の義務を負う」というのです。
有名な判例として、マンション購入を検討していた歯科医が、売り手であるマンション販売業者に設計の変更を要望し、販売業者がこれに応じて特別に設計変更等をしたにもかかわらず、結局歯科医が「やっぱりやめた」と購入しなかった事案で、裁判所は「当事者間に契約は成立していないが、契約準備段階において、歯科医は販売業者に信義則上の注意義務を負うところ、歯科医はこれに違反したので損害賠償責任を負う」と判示しました。相手が出費して準備するなど当事者間が準備段階で緊密な関係になった場合には、たとえ契約締結前でも、一方的なキャンセルをすると損害賠償責任を負うことがあるのです。
こうした過失責任は「契約締結上の過失」などと呼ばれます。
認められるかどうかはケースバイケース
この「契約締結上の過失」は、どのような場合にも認められるというわけではありません。「権利や義務は契約から生ずる」のが原則であり、契約していないのに損害賠償責任が発生するのは例外的なことです。
なので、どのような場合にこうした「契約締結上の過失」が認められるかについては、弁護士に相談されることをお勧めします。